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香港マラソン 2015年1月25日

大会参加の感想 香港マラソン 2015年1月25日 はコメントを受け付けていません。

いつもお世話になっています。

なべっちとなおちゃんです。

 私たちは先週の土曜日から4日間の日程で、アキレスの香港マラソンツアーに参加してきました。

 24日、約4時間のフライトを経て香港へ。なべっちにとって3年ぶり2回目、
なおちゃんは初めての香港の気候は暖かく、街も熱気に満ちておりました。

 到着後はホテルに直行。夕食は上海料理をいただきました。

 翌25日はマラソン当日です。なべっちはイルマ君、
なおちゃんはとこりさんの伴走でそれぞれフルマラソンに出場しました。

 私とイルマ君は今回は記録は目指さず、ゆっくりペースで香港を満喫することをモットーにゴールを目指しました。

 香港マラソンのコースのほとんどは高速道路の上を走るものです。
単調なコースではありますが、島と島とをつなぐ長い鉄橋や海底トンネルなど、普段は絶対に走るこ
とのできないところを思う存分楽しむことができました。

 またコース上の眺めも良く、遠くに見える高層ビルや海岸線は最高でした。
ゴール手前の数キロは香港市内を走るのですが、沿道の応援も多く、
初めて走ったNYCマラソンにどこか似ており、何だか懐かしい気持ちにもなりました。

ゴール後は昼食を済ませ、午後からはマッサージを受けに行きました。
マッサージでは身体の疲れを取るだけではなく、新たな手技も習得することができました。

夜は海辺近くのレストランで海鮮いけす料理をいただきました。
新鮮な魚介類をお腹いっぱい食べることができて、身も心も充実した1日を過ごすことができました。

 次の日は終日観光とショッピングです。
朝食はおいしいヤムチャをいただき、その後電車と船を乗り継ぎ、坪洲島へ向かいました。
ここは比較的自然が多く残っており、レトロな感じで時間もゆっくりと流れているような気がしました。

 そんな都会の喧騒を離れハイキングを楽しむことができたことは、私にとってとても良い思い出となりました。午後は都心に戻り、各々お土産を買ったりするなどショッピングを楽しみました。

 そして夜は本場の香港料理をいただきながら、参加者全員で今回の旅行を振り返りました。
翌27日は最終日です。各々楽しかった思い出とともに、全員無事に帰国することができました。

なおちゃんです。4日間とっても楽しかったです!
初めて香港を訪れたのですが、それは驚きの連続でした。
信号機の音やエスカレーターは日本のものより速いため、乗り降りのタイミングが難しかったです。

 マラソンは、とこりといろいろとおしゃべりしながら、またいろんな景色を説明してもらい、
たくさん写真を撮りました。
おかげでとても楽しく走ることができました。
特に長い橋やトンネルの多さにはびっくりしました。
それらはすべて楽しい思い出となりました。

 次の日のハイキングもとても楽しかったです。
坪洲島はとてものどかでまた行きたいと思いました。

また香港の料理も最高でした。
どれも大変美味しかったのですが、特に2日目の海鮮いけす料理は最高でした!

 最後になりますが、今回のツアーを企画してくださった植松ウーさん、
香港でいろいろとお世話してくださったクレメントさん、
私たちを伴走してくださったイルマ君、とこりさん、
そして今回行動を共にした参加者全員に、心より感謝いたします。

植松ウーさんは、仕事の都合などで今後香港マラソンツアーを企画することは難しいとおっしゃっていました。私たちとしましては毎年は難しいとは思いますが、機会があればまた企画して欲しいと節に願っております。
皆さん、4日間本当にありがとうございました。

藤原湖マラソンに参加して

大会参加の感想 No Comments

まっちです。
土日と恒例の藤原湖マラソンに参加してきました。

私が40代前半に走り始め、その時から20年近く「藤原湖マラソン」には参加し続
けています。
今年はゴリケンさんに幹事をお願いして、20名ほどが参加。半分が初めて参加され
た方でした。
これまで多くの方が、この大会に参加してくれましたが、宿泊先の「並木山荘」のお
ばちゃんはとても元気で、台所に立って娘さんとその旦那様と食事の準備をされ、
我々を歓迎してくれました。

大会の前夜祭の花火大会。当日のマラソン大会。
ともに天気に恵まれ、素晴らしいものでした。

大きな花火

この二日間のいくつかのトピックスを書いてみますね。

・ツーくんが年代別で5位に入賞(タイムは1時間8秒)。15キロのアップダウン
をキロ4分で 走り切ったんですから。この快挙には驚きました。

・今年はハチ騒動はなく、全員が時間内、完走! 全員笑顔で頑張りました。

・前夜祭では、「ににんばおり」の要領で、「湖水音頭」をランニングペアが指導。
なおちゃん曰く「湖水音頭はマスターしました。教えられますよ!」。

・盆踊りでは、アイリスさんが頑張っていましたね。腰の振り方が素晴らしかった!

・毎年、恒例の並木山荘での「カラオケ大会」。ほぼマスニーとなおちゃんの独演会
でした!

他の方も皆さん上手でしたね。最後はひろやすくんの「愛は勝つ」で11時でお開き
となりました。

・幹事のゴリケンさん、コースの行く先々で、バンバンの旗を振って応援。大変だっ
たと思います。
御苦労さまでした。

・私はなべっちとタケヒメさんのサブ伴で参加。タケヒメさんの上手な伴走を前後で
見させてもらいました。
私はサブ伴に徹し、給水所での水の受け渡しをしました。ゴール前の二人の力走は素
晴らしかったです。

皆さん また、来年も藤原湖でお会いしましょう!

スタート前元気いっぱいの参加者たち

スタート直前全員集合

 

初伴走報告:第30回横田駅伝(2014.6.8)

大会参加の感想 No Comments

なおちゃんと伴走アオモンまっちさんのお誘いで横田駅伝伴走募集に手を上げてしまいました。
正直、初伴走レースだったので心臓がバクバクでした。

見た目は態度がでかく偉そうな事を言ってるようですが、本当は小心者なのです。
なおちゃんとのペアで身長差とか凄く気にしていたのですが、
快く引き受けていただき うれしく思いました。

前日になおちゃんと代々木公園で練習してもらったのですが、レース当日になると
気持ちが高ぶり寝れないのです。

スタート前もなおちゃんとあっち行ったりこっち行ったり迷子になり、
「なべっち~!」と叫びたかったです。

スタート10分前くらいにみんなと合流できてほっとしました。
第三走者の私たち、山口さんからたすきを受けスタートしたのですが、
頭の中が真っ白になりどう説明してたのかも思い出せません。

なおちゃんにどっち?どっち?と聞かれて心を落ち着かせることが出来ました。

コースは代々木公園と違いエスノジがあったり踏切があったり、
車のスピードを落とさせるため盛り上がりがあったりと言葉足らずで
距離表示も見逃すなど なおちゃんには申し訳なかったと反省してます。

レース中はビブスを見て「頑張れ~」と何人かの一般ランナーからも声を掛けても
らい 本当にうれしかったです。

なんとかなべっちにたすきを渡しゴールを待ちました。
なべっちのゴール前のダッシュがすごかったな~。
本当に楽しくもあり最高の思い出となりました。
打ち上げの時にまっちさんやメンバーからアドバイスを受け次ぎも頑張ろうと思いました。

私にとっての初伴走レースは100kmより長く感じた5km。
絶対にこの気持ちは忘れないようにしようと思います。
ベテラン伴走の皆さんも自分の初伴走レースを振り返ってみるのもいいのでは?
新人さんもいつかはチャンスが来ますがんばてください。

最後に今回初伴走レースのチャンスをつくっていただいたアキレスメンバーに感謝します。
そして、なおちゃん!へたな伴走につきあってくれてありがとうございました。

K.A

* 横田駅伝とアキレスについて: アキレス・インターナショナルでは、設立初期のころより、複数のチームを編成してほぼ毎年横田駅伝に参加しています。近年は毎週土曜日に代々木公園で練習会を行っている伴走クラブ、バンバンクラブとの共同チームで出場しています。今年は美女と野獣、バンバンワンコ、バンバンナンコの3チーム24名(選手12名+伴走者12名での参加でした。

レレのアルバム(写真28枚、コメント入り)

横島町いちごマラソン大会 参加報告

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皆様、こんにちは、よっちゃん(熊本在住)です。

2月23日に開催されました、熊本県玉名市横島町いちごマラソン大会についてご報告いたします。大会は、ハーフマラソン、10km、5km、3km、ウオーキング(約3km)と家族で楽しめ、全体の参加者は6500名(昨年は7000名)で、うち、ハーフマラソン、10kmはそれぞれ1500人程度の参加者です。
(住民が5000人程度の横島町では一大イベントです)。コースは田舎の田園地帯で、ほぼ平坦、スタート地点は多少混雑しますが、走りやすいコースといえます。ハーフマラソン、10kmは折り返しのコースで、ハーフマラソンは私の職場の前を通ります。沿道はスタート、ゴール地点に多少の応援はありますが、途中はほとんど人の姿はありません。とてものどかです。エイドはハーフマラソンは4カ所、10kmは2カ所で、名産のいちご、トマトをおいてあるエイドもあります。今回、なべっちさんの伴走で、ハーフマラソンを2時間12分で走りましたが、エイドにはいちご、トマトとも十分ありました。昨年、トイレと駐車場不足が問題となり、今年はスタート地点に仮設トイレが増設されました。
コース上には、公園に1カ所と仮設トイレが1カ所あります(10kmは公園に1カ所)。会場周辺には宿泊施設はありません。当日JR新玉名駅、JR玉名駅から送迎バスがでます。参加費は2000円でおにぎりと参加賞のいちごジャムがつきます。+1000円(3000円)で、おみやげ用のいちご2パックとのりがつきます。大会は毎年2月の最終日曜日となっており、エントリーは11月下旬から12月中旬(今年は12月20日)までで、ランネットからエントリーできます。大会要項では、ハーフマラソンは制限時間2時間30分となっていますが、途中関門はなく(信号もありません)、走りたいという意志があれば、3時間までは走ることができるようです。ハーフマラソン以外は制限時間はありません。37回大会では、視覚障害者の方がハーフマラソンの部で、なべっちさんも含めて4名いらっしゃいました。
今年は天気もよく、風も弱く、のんびりした田舎を感じた大会でした。以上、ご報告まで。

ニューヨークシティマラソン、全員ゴール

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ほこりんです。

アキレス日本選手団、ニューヨークシティマラソン全員ゴールしました。
アキレス全体としては約300名が参加したそうです。蛍光イエローのアキレスシャツは、4万人のランナーの中でも
とても目立っていました。

レースの様子はインターネットで生中継され、スマホのアプリでアキレスメンバー7人の5キロごとの通過タイムが
リアルタイムで確認できたので、日本にいながら沿道で応援しているようでした。(おふとんのなかでぬくぬく♪)

エリート部門では男子 今井正人選手が2時間10分45秒で6位、川口優輝選手が2時間12分29秒で11位、
女子 重友梨佐選手が2時間31分54秒で11位でした。
元祖『箱根の山の神』 今井選手は、順天堂大学時代、JBMAの大会で伴走したこともありましたね。

車椅子部門では1時間40分16秒の同タイムで副島正純選手が4位、洞ノ上(ほきのうえ)浩太選手が5位
女子 土田和歌子選手が2時間2分54秒で2位でした。

アキレスジャパン選手団のみなさんは、今日一日ゆっくり観光を楽しんで水曜日に帰国の予定です。
お土産話をたのしみにしましょう。

ふれあいマラソン有難う!

アキレス主催イベント, 大会参加の感想 No Comments

みや@宮内です。

fureai2013_01ふれあいマラソンにご参加頂いた皆様、有難うございました。
事故もなく無事に終えたことを感謝致します。
スタッフとして動いて下さった皆さん、
選手・伴走者として頑張った皆さん、
今年も沢山の笑顔がありました。
ご参加頂いた皆さん全てに感謝致します。
又来年!

タートルマラソン報告

大会参加の感想 No Comments

タートルマラソン報告

皆さんこんにちは。

本日、10キロの部に参加しましたアメモチです。

本日は、アキレス、バンバンのメンバー約150名が集まった大規模なバリア
フリー大会でした。
ハーフマラソンの部の参加者が約10500名、10キロの部の参加者が約3500名
と聞いています。

私たちの多くは8時15分に北千住駅に集合し、ペアーがそろった組ごとに順
次会場に向かいました。

会場では、会の進行が行なわれている舞台の正面に私たちのテントが張られ、
催し物がすべてよく判るという絶好の場を頂きました。

私がテントに到着した8時半頃は、中学生によるブラスバンド演奏が行なわれ
ていました。
その後、小学生によるダンスがありました。

8時50分にゆっくり走る方たちのアーリースタートがあり、その直後に準備
体操のエアロビクスが始まりました。

米軍座間キャンプの女性兵、タニア・シモンズさんによる英語アナウンスでの
非常に息の良いエアロビクスです。

私の伴走者シオジイさんの解説によると、とてもスタイルの良い黒人女性だそ
うです。

私は、英語での説明がよくわからないながらも、かなり思いっきり身体を動か
しました。
タニアさんは最初は「自分の動きを見て真似せよ」というスタンスで始めまし
たが、盲人がいることに気付いたのかどうか、途中からはかなり具体的な体の
動きを言葉で指示するようになりました。

この体操の後、開会式が始まりました。

開会式の中で、選手宣誓を我々の仲間、アキレスの庄麗さんが中国語と日本語
で行い、万来の喝采を受けました。

10時にハーフマラソンがスタートしました。

私は伴走のシオジイさんとこのスタートを一番後ろのランナーのさらに後ろに
並んで見送ったのですが、最後のランナーがスタート地点を越えるまでに10
分以上がかかりました。

私は、10時20分スタートの10キロに参加しました。

日差しが強く、今年も暑い日でした。
タートルマラソンは、毎年暑い日になるようですね。

走っている最中、何人ものアキレス・バンバンメンバーにお合いし、練習会の
ときのように言葉を交わす楽しいランでした。

約1時間で10キロを走り、テントに戻り、頼んでいた分量たっぷりのお弁当

キルギスマラソン 異文化体験編

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クリちゃん@栗川です。

今回は、キルギス異文化体験編です。
ランネタではないので、興味のない方は、読み飛ばして下さい。

スタートラインに並ぶクリちゃん

スタートラインに並ぶクリちゃん

最初に、レース編で書き忘れましたが、キルギスマラソンのフルは、10位まで
賞金が出る、快速ランナーには魅力的な大会です。
1位は3000$、2位は2000$、9位は500$、10位でも400$。
今年は、男子はサブスリーで入賞。女子は、何と5時間台でも入賞!
来年はレベルが上がるにしても、女子なら、フルで4時間くらいの人なら、十分賞金GETのチャンスです。

では、ここから異文化体験編

1 キルギス共和国
キルギスは、1991年に旧ソ連から独立した水資源に恵まれた山国。
国土の40%が、標高3千m以上で、最高峰は富士山のほぼ倍の7439m。
現在の気候は、真夏の北海道という感じ。
日中は30度近くになるが、朝は10度くらいで寒いくらい。
何と言っても、湿度が低くて、カラッとしているのが助かります。

キルギスの人口は、550万。主都ビシュケフには、トヨタ、ホンダの車も、よく走っていて、また唯一入った百貨店1階フロアは、すべて携帯電話のお店で、にぎわっていました。
一方、それに反して、ちょっといなかに行くと、雰囲気は一転。まるで、4、50年前の日本のよう。
牛、馬の家畜が当たり前にいて、農作業を手伝ったり、車の替わりの輸送手段として働いていました。
今回は飲む機会が無かったのですが、馬乳酒(ばにゅうしゅ)というのが、こちらの名物なのだそうです。
市場も昔風で、この時期、旬の野いちごがたくさん並んでいてひと山100円くらいで、売られていました。

食事に入ったレストランは、ボリュームがどこも日本の1,5倍から2倍。
肉は羊が中心で、滞在後半には大分あきましたが、他のサラダ、スープ、パン、デザートなどは、ほとんど日本の味と変わらず、とても口に合いました。
ただ、一つビックリしたのは、大会前日に食べた、ちゃんとお米を使ったおかゆ。
カーボローディングにはよかったのですが、それが見事に甘いこと、甘いこと。
それでも、お腹にやさしかったので、しっかり完食してしまいました。

2 交流
今回は、現地の障がい者の人達、あるいは、ツアーでご一緒した、宮城、福島の方々と、知り合うことができました。
現地障がい者のナジーラさんは、日本語で自己紹介。
女性ながら、ケロリと、私は27才です。
5才の男の子がいますと言い、私の夢は日本に行くことですと、語ってくれました。

福島の相馬からきたNさんは、64才の元気なおじさん。
声といい、雰囲気といい、アキレス会員で宮崎の原田さんにどこか似ていて、常におやじギャグ炸裂。
至る所で、場をなごませてくれました。

今回、一般参加で、東京からは、障がい者3名に対し健常者が2名でしたが、宮城、福島の人達が足りないサポートを、さりげなく支えてくれたおかげで、とても助かり、改めて東北人の優しさを痛感しました。

現地ガイドは、テンジクさんという、24才のキルギス人男性。
とても流調な日本語を話し、他にも英語、キルギス語、ロシア語、トルコ語も話せる秀才でしたが、私達への心配りの面でもそれ以上にすばらしいものがありました。
この秋には、国際関係論を学びに、日本の大学の修士課程に入られるとか。
将来は、日本とキルギスのかけ橋の中心に、きっとなってくれるでしょう。

大会の前夜祭では、生沿奏で各国の有名な歌が地元歌手によって歌われました。
もちろん、日本の歌もです。
さて、それは何の曲だったでしょう?

正解は、すきやき(上を向いて歩こう」でした。
他に、日本からのJICAの女性も、飛び入りで、加藤登紀子の、百万本のバラも歌っていました。

3 ツアー内容
今回は5月23日(水)から28日(月)までの6日間のツアーで、旅行代金は、約26万7千円。
これを高いとみるか、安いとみるかは、人それぞれですが、日本から1名、現地の人が1名、計2名の手厚いガイドが付いてくれた上に、すべての食事が付き、それも行ったレストランわ、みな立派な所ばかり。
24日に行った、キルギス料理のお店でのディナーでは、私達だけのために、3名の沿奏家が、たっぷりキルギスの民族音楽や歌を聴かせてくれました。
そう考えると、私としては、十分この代金に納得です。
とにかく、現地の物価が安いので、おみやげ代なども、思っていたほどかからず、その点でもおおいに助かりました。

今回は、アエロフロートで、成田から9時間半かけてモスクワへ。そこで乗り継ぎ、更に4時間かけてキルギスへの旅でした。
また、大会会場までは、更に4時間かけて、260kのバス移動となかなか走る以外の体力もいりましたが、さすがこのツアーに参加した皆さん、チャレンジ精神旺盛で、まったくびくともしませんでしたね。

4 ハプニング
よかった方では、大会当日の文、思いもよらず、盛大な花火大会が見れたこと。
まるで、藤原湖マラソンでの、前夜祭のように、ほんと近くで打ち上げられていたので、体にビンビンと、音が響いてました。
まさか、キルギスに来て、花火が見れるとは、夢にも思いませんでした。

ちょっとハラハラした方では、観光で、ビシュケフの街の市場に立ち寄った時、
巡回していた警察官に、私達一行が呼び止められ、パスポートを見せなさいと言われたことでした。
まずは、デジカメで撮った写真を見せなさい。私(警察官)が映っている写真は消しなさいと。
それ以外は、特に問題は起きなかったのですが、もしかして連行されるのでは無いかと、一瞬ひやっとしました。

最後に、おまけで、笑えるハプニングを一つ。
アエロフロートでは、食事の前に、当然飲み物の配布があります。
私は、行きでもらったスプライトの缶を、珍しいロシア語が書いてあるので、おみやげにもなるかと、持ち帰ることにしました。
そして、帰り。今度はコーラを頼んで、それもお持ち帰りの予定で、客室乗務員の女性に、コーラを注文しました。
彼女は事前に、私が視覚障がい者であるのを、もちろん知っていたので、何とありがたくも、缶のプルトップを思いっきりプシュッ!と開け、わざわざマドラーまで付けて、紙コップに注ぎ、私の手に、丁寧に手渡してくれたのでした。
あの時の「プシュッ」という音と、その瞬間の、何とも言えない虚脱感は、今でも忘れられません。

5 最後に
私の座右の銘 「行きたいと思った時が行き時」
今回もその思いで参加し、やはり、思いきっていってよかったと、改めて感じています。
知らない世界を知ることは、自分の引き出しをどんどん増やしてくれます。
また、壮大な大自然を前にすると、自分自身、どれだけちっぽけな存在かを知り、たった一度の人生、やりたいことをやらなきゃ、もったいないという気にもなりました。
これからも、またチャンスがあれば、いろいろな所に出かけて、未知の体験をたくさんできればと思っています。

最後に、改めて今回、二人で3人の障がい者のサポートをフル回転でやってくれた、いちろうとちさに、本当に心から感謝しています。
6日間という長時間、それも24時間、さぞかし精神的に疲れたことでしょう。
私自身がこのように、十分楽しめたのも、いちろう、ちさの、献身的なサポートが無ければ、有り得なかったことでしょう。
改めて、お二人にお礼申し上げます。

終わりに、今回のキルギスマラソンの記事を、同行取材されたアキレスの大島幸夫さんが、雑誌ランナーズに書いてくれます。今月下旬、発売とのこと。
どうぞお楽しみに。

以上で、キルギスマラソンツアー、異文化体験編を終わります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

キルギスマラソン レース編

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第1回キルギス国際マラソンの報告、レース編です。

5月26日(土)
天気は見事な快晴で、日射しは強かったものの
湿度が低いせいか、カラッとした暑さでした。

標高1600mの影響はと聞かれたら、想像していたほどには感じなかったというのが、実感です。
ただ、後半の緩やかに続く、長い登り坂にはほんと苦しめられました。
時折吹く、木陰からのさわやかな風が無ければ、どれほど遅いタイムになってたことでしょう。

受付ボランティア

スタート前に並んだ所に、NYCマラソンのTシャツを着た、左腕の先の方が無い女性ランナーがいたので、
てっきりアキレスの人かなと思って声をかけてみたら、どうやら違っていて、タジキスタンから来られたようです。
恐らく、どなたからかいただいたTシャツだったのかも知れません。

スタートは、予定より8分遅れの9時8分。
出だしは、キロ6分半くらいでいこうかと思っていたら
周りはどんどん行ってしまい、気付いてみればかなりの後方で、ちょっと慌てました。
それでもラップは、キロ6分ちょっとだったので
これじゃあみんな速過ぎる。大丈夫かなあ?と、逆に心配になってしまいました。

案の定、現地のランナーは、途中でスピードダウンし、歩いたり、立ち止まったり。どんどん収容車に乗り込んでいたようです。
恐らく、どんなペースで走ったらよいのか、みんな、全く分かっていなかったのでしょう。

前半は、比較的下りが多かったのか、また風が冷たいクーラーのように気持ちよかったせいか
5キロを32分くらいのイーブンペースで余裕を持って走れました。

途中で、いくつかの町を通る時、多分「視覚障害」のビブスの文字を見て、「にーはお」と、声をかけてくれたのですが、その度に「ジャポン」と、言い返していました。
通る道端には、当たり前のように馬がいたり、牛がいたりで、ふんの臭いにも、大分慣れてしまいました。
カッコウやカラスも鳴いていて、さすがに鳴き声は万国共通、日本と同じ鳴き声でした。

スタート前に、現地ガイドの人から、「ありがとうって、キルギス語で何と言うの?」と聞いたら、「ラフマットです」と言われたので、応援してくれる人には、何を言われているか分からなくてもラフマット!と、元気な時は応えていました。

後半は、徐々に気温が上がり、風の冷たさも力が無くなり、登り坂はゆるいながらも長いなあと感じてきました。30k付近が、一番きつかったです。

キロ7分以上に落ちながらも、決して歩くまい。後ろ向きな考えが浮かばないように、頭の中では、「とにかく前へ、前へ!」とだけ言い続けていました。

最後の方で、マッチ@松田さんがいた時には、てっきり、もうゴールして、ここまで応援にきてくれているんだなと思いましたが、そんなアクシデントがあったんですね。

ゴールが1キロを切り、伴走のいちろうから、「泊まっているホテルが見えてきたよ」と言われた時に、ようやくゴールできると確信しました。
ゴール手前で、日本チームからの応援をもらい、最後はいちろうと二人、手を高々と挙げてのゴールでした。

今回のフルのタイムは、4時間54分25秒で、男子の35位でした。
順位を教えてもらった時には、ちょっとビックリ。
国際マラソンで二桁の順位なんて、何かいい気分。
もちろん、男子の参加者が百名ちょっとというのは内緒にしておきますが。

レース中の最高の絶景地

レース環境としては、ほぼ一本道の折り返しコース。
給水は、7,5キロから、2,5キロ毎にあり、当初は5キロ毎と聞いていたので、これは助かりました。
ただ、食べ物は、折り返し付近にバナナがあっただけで、他はほとんど無く、少し持って走ったクッキーと、いちろうからもらったまんじゅうで、なんとかしのぎましたが、食べ物の充実、特に30キロ以降の設置は今後の改善点にあげられるでしょう。

とにかく、「マラソン」という文化が、まだまだ広まっていないので、スポーツドリンクなど、あるはずもなく、すべてがこれからといった感じです。
ただ、エイドのボランティアの学生さん達は、水の入ったペットボトルやスポンジを、走路にまで出て手渡してくれ、温かい言葉もかけてくれ、その一生懸命さと優しさは充分に伝わりました。

運営面では、まだ改善点があるにせよ、目の前に広がる、手付かずの大自然は何ものにも替えがたい、この大会の最大の魅力でしょう。

真っ青な青空の下、スタートして3キロ過ぎのイシククル湖を通して望む 7千m級の天山山脈の壮大な山並みは、
今回10キロに参加し、開会式でスピーチもされていた坂口国会議員が「私はこれまで、70ヵ国以上の国を訪問させていただいているが、こんなに美しい景色を、これまで見たことはありません」と、絶賛していたくらいです。
普段は、目が見えないことを、不便とは思いますが、不幸とは思わないにしても、今回のように特にきれいなもの、美しいもの(もちろん、人間を含めてです)を前にして見えない時だけは、さすがに残念でなりません(笑)。

今後は、
・ハーフの部を設ける。
・フル後半のエイドを充実させる。
・応援の人数を、増やす工夫をする。
これだけでも、うまくいけば、来年は、もっと盛大な大会になることでしょう。
日本の、あの東京マラソンでさえ、第1回の時の運営はトラブル続きで、混乱しましたが、2回目はかなりの部分が改善されていたようです。
とにかく、キルギスマラソンも、第1回の大会を無事成し遂げたこと、それだけでも偉大なことです。
そして、その大会に参加できたことを本当に、幸せに思います。

今回、きっかけを作ってくれた松田さん、伴走をかって出てくれたいちろう、
一緒に参加したアキレス、バンバンの仲間、応援してくれた方々に、心から感謝いたします。

レース中の全てや、旅行中の音声を、ICレコーダーでいろいろ録音してきましたので、
これからのんびり編集して、「音のアルバム」作りをしたいと思います。

元気があれば、キルギス異文化体験編も、書きたいと思いますが、どうなりますことやら。

集合写真

みんなで集合写真

第1回キルギス国際マラソン大会

各種大会情報, 大会参加の感想 No Comments

まっち@キルギスJICAです。
この度、キルギス初のマラソン大会「第1回キルギスマラソン大会」が5月26日に開催され
日本から、栗ちゃん、イチロウさん、しんこさん、ちささん、みんみんさんが参加されました。

大会前日、14人のキルギスの視覚障碍者と伴走者、30人ほどを乗せたバスが会場に到着。
日本からの私の走友3人の視覚障碍者と伴走者のメンバーも来て、お互いに紹介しあい交流しました。

日本からのランナーと交流

さて大会当日です。予定されていた大統領の開会式でのスピーチはありませんでしたが、日本から阪口議員が来られ、スピーチ、10Kを走るとのこと。丸尾大使も檀上に立ちフル走られるとスピーチ。そして今回、13人のJICAボランティアの方々が走られました。キルギスの視覚障碍者二人の伴走も彼らがしました。何よりも賞金が出ているフルを3人のJICAボランティアの女性が挑戦!私はキルギスの視覚障碍者、ベギマルさんの伴走でフルに挑戦しました。天気はこれ以上ないという快晴!コバルトグリーンのイシククル湖、遥か雪を抱いた、天山山脈を見ながら約700人のランナーが大会に挑戦しました。
ここからはレースの模様をお伝えします。

からりと晴れた絶好のマラソン日和。少し暑いです。でも、このマラソンの一番のPRは雪をいだいた天山山脈をコバルトグリーンに輝いたイシククル湖の湖岸を走ること。これを演出するのは「快晴」です。日本からのランナーとのマッチングも終わり、伴走の簡単な説明と試走をしてもらいました。そしていよいよ号砲がなり、フルがスタートしました。最初の2.5Kまで、彼と並走。良いスタートダッシュです。私はできるだけついて行き、彼が行きたいという時は自由に行ってもらうことを考えました。3キロ地点で、彼がすーと行きましたので、そこからは彼の後姿を見ながらそのうち見えなくなりました。絶好のランニングスポットを

レース中の最高の絶景地

通り、ボステリの宿の前を通り、チョルポンアタに入っていきました。追い返しの数キロ前で、ベギマルさんが来るのが見えました。「ベギマル!」と大声をかけました。私も折返し。それほど疲れてはいません。後半に入っていきました。25キロ地点でろう者のバットルさんが足を引きずって歩いています。足に豆が出来て痛そうです。そんな彼を励まして前を行くベギマルさんを追いました。そして30キロ地点でしょうか前に歩いている彼を見つけました。追いついて話を聞くと、わき腹を抑え、足を引きづり、走っては歩きを繰り返していました。私は彼の「伴走者」です。彼と一緒にズーと歩きました。何度も彼から「自分を置いて先に走って行ってくれ」と言われましたが「一緒にゴールしよう!」と励ましながら歩きました。でも私も歩くたびに足が痛み辛かったです。日本からのランナー栗ちゃんと伴走のイチロウさんに35キロ地点でしょか。後ろから近付いてきました。それを彼に告げると再び走り始めました。最後はゴールが見えてくると、スピードを出して走り、私も彼を追いかけゴールしました。記録は4時間52分3秒。34位でした。彼は33位です。彼の今回の大会の目標3時間20分切りには遠く及びませんでしたがとても良い経験をしたと思います。そして仲間の皆も完走し、足を引きずりながらも、この大会を楽しんでもらいました。

私が感じた大会で良かったこと
・14名のキルギス視覚障碍者が参加し、それぞれが日本人ランナーと交流し良い思い出を残してくれたこと。
・日本から来られた方々約30人のランナーが、キルギスを楽しんでくれたこと。キルギスの仲間と交流できたこと。
・今回の参加賞、キルギスの国の形の皮のお土産1100個、、日本人参加者へのフェルトの製品100個をJICAボランティアの一村一品の製品を採用してもらったこと。
・主催者のIさん、Mさん、スタッフの方がたが本当に頑張ってくれたこと。
・学生ボランティアの方々が来られたランナーに対して、一生懸命に対応されたこと。
・丸尾大使がフルを完走されたこと。
・視覚聴覚障害者協会の会長カリックさんがビシュケクの見送りのバスの場所まで来て、参加するランナー14人に激励。そしてスタート、フィニッシュの場にも来て走る仲間を激励してくれたこと。大会終了後にIさんの父上、S議員と話をして視覚障碍者全員に対し特別な賞を授与したこと。

二人の参加者を激励する会長

残念だったこと
・伴走したベギマルさんが、途中から走れなくなって、予定の3時間20分切りが出来なかったこと。アタトルク公園での2か月の練習の成果は出ず。1600メートル高地の厳しさがでたこと。も最後まで一緒に走れてよかったです。悪かったことはありませんでした。
そして、何よりも嬉しいのは、この大会に参加された仲間がアタトルク公園での日曜日の「伴走練習会」に何人か顔を出してくれると言ってくれたことです今回の大会は、日本から来られた方々にとても強い印象(キルギスの自然の素晴らしさ、キルギス人のもてなしの心を知ってもらえた)を与えたと自負しています。これがきっかけで来年は1000人、2000人の規模の大会になると確信しています。
そして今回14名のキルギス視覚障碍者が来年にはその倍にも、3倍にもなること。今から夢見ています。
日本のランナーの皆さん、来年の2回目のキルギスマラソンには是非、おいで下さい。
日本からの支援、本当に有難うございました。 。

キルギスの視覚障碍者14名